かずのひとりごと

日本について、世の中について、私の生き方について、考えたことを書きます。

オバマ大統領の広島訪問を前にして思うこと。日本の気概を取り戻したい。

▼いよいよ伊勢志摩サミットが開幕し、オバマ大統領が広島を訪問します。先日投稿した、日本人がオバマ大統領の広島訪問に謝罪を求めないのはなぜなのか。 のアクセスの反響がとても大きく、百田尚樹/著『カエルの楽園』読了。まだ日本の危機に気づくことができていない、多くの人に読んでいただきたい。に次いで、あっという間に2位に躍り出ました。

 この問題は、単に謝罪が必要か、必要でないかの2択で考えられるものではありません。謝罪が必要でないという方の中にも、様々な複雑な思いや葛藤を抱えておられる方もいらっしゃいます。また、オバマ大統領がどのような形で、どのようなメッセージを発信するかによっても大きく左右される、非常に微妙でデリケートな問題であり、かつ歴史的に重大な意味をもつとあって、多くの関心が集まっているのでしょう。

▼正直、私はこの問題の専門家でもありませんし、言及するのに抵抗を感じるところもあるのです。ことさらに原爆について語ると、何やら感情的に、熱いヒューマニズムを振りかざしているかのように映りそうだし、あまり触れないようにするのが暗黙の了解のような空気をひしひしと感じます。しかし、まさにこれこそが日本に蔓延している深刻な病理なのではないか。今こそ、全国民が真っ正面から受け止め、直視しなければいけない問題だと思うのです。

▼私は昨今のテレビ放送の質の低下に嫌気がさしており、見る時間があまりないこともあり、自宅にテレビを置いていません。しかし、先ほど勤務先のテレビでNHKニュース7を見たのですが、相も変わらず、広島のシンボルであるかのように、あの慰霊碑が大きく大きくズームアップで映し出されていましたね。

 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

 この文章の主語は一体誰なのか。原爆投下という過ちを犯したのは誰なのか。

 オバマ大統領の広島訪問で謝罪がされない、日本が謝罪を求めないということでは、多くの人々が読み取る石碑の主語がいよいよ「日本」になってしまうことが懸念されるのです。いいや、もう既になっているでしょうか…。

 

虎ノ門ニュースにて、武田邦彦先生は、個人的な意見として、謝罪を求めるべきとの主張を明確に打ち出しています。東京大空襲、広島・長崎への原爆投下は戦争行為ではなく戦争犯罪であり、東京裁判は勝者が敗者を裁く「リンチ」であった。悪いことは悪いとしっかり示してこそ核廃絶へとつながると訴えています。

 

日本文化チャンネル桜の上島嘉郎さんは、日本の気概をいかに発揮していくか、考える機会にしなければならない、と述べています。被爆者の証言集によると、息絶え絶えの人たちが言っていた言葉の一つは「水をください」、そしてもう一つは「仇をとってください」だったそうです。日本人は、そういった悔しさや無念といった精神が消されてしまった、あるいは自ら消してしまった。それがどこに由来するかを省みなければならないと述べています。

 

 ▼そして、虎ノ門ニュースにて青山繁晴さんが、もはや他の追随を許さない、情熱に溢れた、最前線の見解を述べています。両国間の水面下で、国益のせめぎ合いの交渉の中で、繊細な、微妙な擦り合わせが重ねられた結果、妥協の産物ではあるがかろうじて一致点が見出された。オバマ大統領の広島訪問は、日本とアメリカが対等な同盟関係を築き、世界のリーダーになれることを示す、歴史的な出来事になりつつあるとしています。

 

▼私は、ネットにおいて「謝罪なんていらない」と何の迷いもなく、ひどく安易に言い放たれる言葉の数々を、どうしても見過ごすことができないのです。被害者として怒りたくない、「寛容な大人」でいたいかのような心理に染まってしまっているように見えてなりません。

 日本人は、その被害のあまりの悲惨さに、原爆を直視できていないのではないか。感覚が麻痺してしまっている、あるいは自ら麻痺させてしまっているのではないか…。

▼言うまでもないことですが、どこかの国のように、未来永劫、相手を罵るような醜い謝罪要求をしたいのではありません。日本人として、日本国がオバマ大統領をどのように広島に迎え入れるのか、注目したいと思います。