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玉彦のブログ

自分で考えて行動したい

落語の魅力について(噺編)

▼落語の魅力を語ると尽きない。

 何と言っても、登場人物のすべてが噺家一人で演じられるのだ。すべてが噺家の自由自在であり、舞台上には噺家が発するもの以外は何もない。観客の頭の中ではそれだけによって、実に情景豊かな、おもしろ愉快な想像が次々と生まれてくる。

▼大真打の噺となると、時間が過ぎるのは本当にあっという間である。分析する余裕もなく、いつの間にか噺家の発する全てに引き込まれていく。落語の笑いは温かい。どんなに馬鹿らしくても、どこか共感できて憎めない人情味に溢れていて、笑わずにいられないのだ。最後に落ちが決まって幕が下がる時、会場はいつも、皆の大きな大きな惜しみない拍手で一杯になる。本当に良い噺が聞けたなぁという余韻が残り、大満足で幸せな気分になる。

▼同じ噺でも、演じる噺家一人一人のアレンジによって、全くの別物に変わる。内容はもちろんのこと、声の質、大きさ、抑揚、スピード、間。そして表情や動作に至るまで、噺家の全てに観衆の感覚が集中する。それだけに、噺家の力量が如実に現れる。経験の浅い噺家の場合、残酷なことに本当にウケず、延々と退屈な時間となってしまうこともしばしばである。

▼私たちの普段の会話や文章にだって、その人ならではの人間性が現れる。そんな中で、これほど純粋に「人のはなし」の魅力を深く味わえる娯楽はないのではないか。

▼でもそうは言っても、やっぱり、時間にある程度余裕がある人でないと、なかなかそう頻繁に聞くことはできないかな。起承転結、一つ一つの噺を聞くのはどうしても時間がかかる。何かと立て込んでいる自分にとっては、まだ贅沢な娯楽かもしれない。