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玉彦のブログ

自分で考えて行動したい

「オネエ系」タレントが次々と注目を集めていることから、私がブログで「普通」のことを「普通」に書く理由を考えてみた

雑感 このブログについて

▼6月、梅雨の季節に入り気分を変えて、トップの背景色を紫陽花を思わせる? 淡い紫にしてみました。今後も四季の移ろいに合わせて色を変えるという、地味ブログならではの小細工でささやかに季節感を楽しもうかと。

▼さて、先日、電車の中の広告で、マツコデラックスの顔写真がデカデカと存在感を放っているのを目にしました。最近、本当によく見かけますねー。テレビに疎い私でも、しょっちゅう出てきて脚光を浴びているのは知っています。

▼もっと言えば、昨今「オネエ系」芸能人が次々と登場してきていて、話題に取り上げられるようになっていることに気づきます。ぱっと思いつくだけでも、尾木ママこと尾木直樹さん、IKKO、KABAちゃん楽しんごはるな愛…テレビを見ている方は他にもたくさんの名前が挙がるでしょう。もう既に昔からお馴染みになっていて、オネエであることを忘れてしまいそうな有名人も多く、幅広い分野で活躍しています。

性同一性障害という病気で苦しむ人もいることから、そういった社会的少数派の存在が認められ、堂々と活躍できるのは好ましいことであると思います。ただ一方で、最近あまりにももてはやされすぎではないかという疑問があります。出演状況に不自然さを覚え、オネエ系を積極的に起用したいというテレビ局の意向を感じずにいられないのです。

▼なぜ、オネエ系がテレビを賑わせているのか?

 理由は様々あるかと思うのですが、結局のところ私が考えるのは「型破りはウケがいい」ということなのだと思います。もちろん、その人自身の魅力によるところもあるでしょう。その上で、既存の常識、慣例、風潮、制度…そういった、長い時間をかけて社会で形成されてきた言わば「保守」的な文化(今回の例で言えば、男は男らしく、女は女らしくあるという文化)を打ち破り「革新」をもたらすところが、人々にとっては物珍しく、愉快であり「面白い」ということになるのでしょう。

▼ちなみに日常においては、人々の注目を集める上で面白いという要素は最重要と言っても過言ではないかもしれません。安倍総理大臣のニュースよりも、アイドルや歌手、芸能人のニュースに興味をもつ人の方が圧倒的に多いことからも明らかでしょう。ニコニコ動画のアクセス数を見ても「面白い」動画が爆発的なアクセスを集めているのは一目瞭然です。

▼受け手である我々は、提供されるコンテンツを自由に楽しむのはもちろん大いに結構なのですが、その一方で常に「現実的な視点」を持ち合わせていなければならないと思うのです。健全な社会を「保守」するための視点を。

▼私はまさか、オネエ系タレントの存在を否定するつもりなどは毛頭ありません。ただこの件で私の頭をよぎったのは、昨年渋谷区で同性カップルを結婚に相当する関係と認める条例が可決されたニュースです。社会的少数派の権利も公平に認めることは大切です。ただし私は、同性愛者は少数派のままであることが望ましいと思っています。同性愛者が増加した先に、子孫の存続はないのですから。社会を維持するためには、男性は男性として、女性は女性としての生殖機能が果たされることが基本となるべきだと思います。

 「冷徹すぎる」「神経質すぎる」「もっと寛容に考えるべき」といった意見もあるかと思いますが、果たしてそうでしょうか。私は、同性愛者を安易に必要以上に優遇してしまう気運になると、今後どんどん同性愛者、あるいはそれに近い傾向を持つ人が増加して、社会で相当な割合を占める日が来ても不思議ではないと思います。それほどの意識をもって慎重に考えるべき問題であると思います。

▼どうも最近のテレビは、オネエ系タレントをオネエ系であるが故に、ことさらにもてはやしたり、優遇したりしているように見受けられ、それは好ましくないと思うのです。かといって、当然冷遇するべきとも思わない。その人そのものをありのままに見て評価する姿勢が大切なのではないかと思います。

▼ちなみに、これまでの自分の文章を読み返してみると、自分が「普通」だと思うことを「普通」に書いており、保守的であり、面白味に欠けている感が否めないなーとつくづく思います。でも別に、自虐的になっているのではないし、そもそも面白い文章を書こうとしているわけでもありません。ただ今は、読者の存在をモチベーションに、自分の思考を忠実に文章化したくて書いている。面白い文章を書くよりも、まずはそれができるようになることを先にしたいと思うのです。

 私も少数派を承知で自分なりに思う保守を貫くのもいいし、あるいは、いずれは面白さも両立できるようになれたらいいかなーとも思っています。

▼内実を疎かにして、人からの支持ばかりを先に追い求めていくとどんな結末に行き着くか。

 舛添都知事のようになるわけですね。

 あのような悲劇を生んでしまうことのないよう、常に己を省み、人を見極めたいものです。